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『気仙川』の「あとがき」に、こうあります。
「僕には、自分の記憶を助けるために写真を撮るという習慣がない。僕は自分の住む世界をもっとよく知ることのために、写真を撮ってきたつもりだ」 
 僕は1996年に出版した『ライムワークス』のあとがきを、このような書き出しで始めた。その言葉に嘘はなく、じっさい僕は、親しい人間たちや思い出の場所にかんする写真を、それほど持っていなかった。

写真をいったいなんのために撮るのか。
カメラマンという人たちはその疑問に向き合うのでしょう。
この『気仙川』の前半は、写真家畠山直哉氏が、何年も前に「何気なく」ふるさとの町を撮っていた写真の数々が並べられています。それらはきっと、そののちの事件が起こらなければ、あまり大きな意味をもたなかったのかもしれません。
2011年3月11日に、彼の故郷である陸前高田の町の景色が、まったく変わってしまい、そこに凄惨な光景が広がったことによって、かつてのその何気ない写真のもつ意味が、はっきりと立ち現れてきたのだろうと思います。
『気仙川』の後半には、大震災後に故郷を訪れた畠山氏が撮った写真が並べられています。瓦礫の町の写真を見る、という経験によって、何気ない風景やそこに生きる人たちの何気ない毎日が、どれほどかけがえのないものだったのか、僕らは胸が締め付けられるような悲しさに苦しみながら、気づくのです。

震災後の悲惨さは事実だけれど、そうなる前の日々が、いかに愛おしいものだったのか。そういうことを思わずにはいられなくなります。いま、自分が暮らす毎日は、どうなのでしょうか。

2015.3.11 Mikio Soramame